
了解。じゃあ一撃で全体像いきます。
プラザ合意(1985年)とは何だったのか
結論から言うと:
👉「ドル高を是正するために、円高を“人為的に”進めた国際合意」
👉そして日本にとっては、バブル経済の引き金になった。
① 何が起きた?
1985年9月22日
ニューヨークのプラザホテルで、
**G5(米・日・英・独・仏)**の財務相・中央銀行総裁が集まり合意。
合意内容(超シンプル)
- アメリカ:
「ドル高すぎて輸出が死んでる」 - 日本・西ドイツ:
「じゃあ円高・マルク高を受け入れる」
👉 各国が協調して為替介入
👉 ドル安・円高へ誘導
② 為替はどう動いた?
- 合意前:
1ドル=240円前後 - 2年後:
1ドル=120円台
💥 円は約2倍の価値に
これは自然変動じゃなく、政策で起こした急変。
③ 日本はなぜ対応を誤った?
円高になると👇
- 輸出企業:利益激減
- 景気:一気に冷え込む
そこで日本政府・日銀がやったこと👇
「円高不況対策」
- 超低金利
- 金融緩和
- 金を市場にジャブジャブ流す
👉 結果
株・土地にカネが流入 → バブル経済
④ プラザ合意 → 日本の30年停滞までの流れ
プラザ合意
↓
急激な円高
↓
金融緩和で延命
↓
資産バブル
↓
バブル崩壊(1990年代)
↓
不良債権処理の遅れ
↓
失われた30年
つまり
🧠 プラザ合意は「原因」
🧠 バブル崩壊後の政策が「致命傷」
⑤ よくある誤解
❌「アメリカに日本が騙された」
→ 半分違う
✔ 日本は合意を理解した上で飲んだ
❌「プラザ合意=日本衰退の全責任」
→ 違う
✔ 本当の問題は
その後の金融・財政・構造改革の失敗
⑥ 今の日本とそっくりな点
- 為替を「政策でどうにかしようとする」
- 金融緩和で時間を買う
- 構造改革を後回し
👉 プラザ合意は「過去の事件」じゃなく、今も続く教科書
もし次いくなら👇
- 「なぜ日本だけ回復できなかったのか」
- 「西ドイツはなぜ乗り切れたのか」
- 「今、第二のプラザ合意は起きうるか」
- 「円安は本当に“悪”なのか」
どれ、深掘りする?