Episode-002:当時の教科書がどうなったか[GHQによる戦後日本改革]

当時の教科書で最も象徴的な出来事は、**「墨塗り(すみぬり)教科書」**の登場です。

昨日まで「正しい」と教えられていた内容が、敗戦を機に180度変わり、子どもたちが自分の手で教科書を黒く塗りつぶしていくという、非常にショッキングな光景が教室で見られました。

具体的にどのように変化したのか、3つのステップで解説します。


1. 「墨塗り」による応急処置(1945年秋〜)

新しい教科書を作るには時間がかかるため、GHQの命令を受けた文部省は、とりあえず**「今の教科書の不適切な部分を消して使え」**と指示しました。

  • 誰がやったか: 教師の指示のもと、子どもたち自身が筆や墨を使って、問題のある箇所を塗りつぶしました。
  • 消された内容: * 軍事・戦争: 「兵隊ごっこ」「真珠湾攻撃」「不沈艦」などの戦争を美化する表現。
    • 神話・天皇: 天皇を神とする記述や、日本の成り立ちに関する神話的な話。
    • 領土: 台湾、樺太、満州など、日本が失った領土に関する記述。
  • 消し方: 墨で塗るだけでなく、ページを切り取ったり、上から紙を貼ったりすることもありました。

2. 「暫定(ざんてい)教科書」の登場(1946年〜)

墨塗り教科書は見た目も悪く使いにくいため、1946年には急造の「暫定教科書」が配られました。

  • 見た目: 質が悪く、まるで新聞紙のような薄い紙に印刷された簡易的なものでした。
  • 停止された教科: 特に思想的な影響が強いとされた**「修身(道徳)」「地理」「歴史」**の3教科は、GHQにより授業そのものが一時停止されました。

3. まったく新しい「民主主義」の教科書へ(1947年〜)

1947年に教育基本法が制定され、現在に近い教育システム(6・3・3・4制)が始まると、内容が一新されました。

  • 「社会科」の誕生: 修身・地理・歴史が統合・整理され、民主的な社会を学ぶ「社会科」という新しい教科が作られました。
  • 考え方の変化: 「お国のために死ぬ」という滅私奉公の考えから、**「個人の尊厳」や「科学的根拠」**を重視する内容へと変わりました。

💡 墨塗り教科書の具体例

例えば、国語の教科書にあった「バナナ」という話。 以前は「台湾から神戸や東京へ届き、満州の人々も喜んでいます」といった記述がありましたが、日本の統治下でなくなった場所の名前は、すべて墨で消されました。

歴史の転換点

当時の子どもたちにとって、昨日まで尊敬の対象だった軍人や、信じていた神話が黒く塗りつぶされる経験は、**「価値観の崩壊」**とともに、新しい時代が来たことを肌で感じる大きな出来事でした。


この変化について、もっと詳しく知りたい部分はありますか? 例えば「具体的にどんなお話が消されてしまったのか」や「新しくできた『社会科』では何を教えるようになったのか」など、興味があればお答えします。

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