Episode-001:思想としての禅に興味があります[禅の概要と実践]
2026年2月25日
思想としての禅 ― 何を目指しているのか
禅は「どう生きるか」を問う思想です。
中心にあるのは、思考を超えた直接体験です。
① 本来の自分とは何か
禅では「自分」というものを固定的な実体とは見ません。
私たちは
- 名前
- 立場
- 過去の記憶
- 評価
を「自分」だと思い込んでいます。
しかし禅は問いかけます。
それを全部取り去ったら、あなたは誰か?
この問いが「見性(けんしょう)」です。
② 無(む)の思想
禅でよく知られる公案に、
中国の僧 趙州従諗 の「狗子仏性」があります。
弟子が「犬にも仏性がありますか?」と問うと、
趙州は一言「無(む)」と答えました。
これは「ない」という意味ではなく、
思考の枠を壊すための言葉です。
禅の「無」は、
- 否定ではない
- 空虚でもない
- 可能性の開放
に近い概念です。
③ 言葉を疑う
禅は理論構築よりも、理論を崩す方向に働きます。
有名な言葉:
仏に会えば仏を殺せ
これは、
権威や観念に依存するな、という意味です。
たとえ悟りの概念さえも手放せ、と。
④ 善悪を超える視点
禅は倫理を否定するわけではありませんが、
二元論(善/悪、成功/失敗、勝ち/負け)を超えようとします。
なぜなら、それらは心が作った区別だからです。
「そのまま」を受け取る力。
これが禅的態度です。
⑤ 禅と日本文化
禅思想は、
- 茶道(侘び寂び)
- 武士道
- 枯山水
- 俳句(例:松尾芭蕉)
などに深く影響を与えました。
「余白」「静寂」「簡素」は、禅の思想的結晶です。
思想としての核心を一言で言うなら
禅とは、「作られた自分」から自由になる思想。
もしよろしければ、さらに踏み込みますか?
- 禅とニヒリズムの違い
- 禅と政治(国家・権力)
- 禅と老い・死の問題
- 禅は現代社会で通用するのか
どこまで深掘りしますか。
