Episode-001:1990年代の日米半導体協定[日本の半導体技術]

1990年代の日米半導体協定は、日本半導体衰退の「決定打」として語られることが多いですが、正確には
👉 日本の“勝ち方”を制度的に封じ、産業構造を変えさせた協定です。
感情論を外して、事実ベースで整理します。


① 日米半導体協定とは何か(要点)

正式には

  • 1986年 日米半導体協定
  • 1991年 改定・延長

表向きの目的

  • 米国「日本市場は閉鎖的だ」
  • 日本「不公正なダンピングはしていない」

実際の中身(核心)

  1. 日本市場で外国製半導体シェア20%確保を“事実上義務化”
  2. 日本企業の価格・取引を米国が監視
  3. ダンピング疑惑があれば即制裁関税

👉 これは通常の自由貿易協定ではなく、異例の産業介入


② なぜアメリカはここまでやったのか

1980年代の現実

  • DRAM世界シェア
    👉 日本 80%以上
  • 米国企業(Intel含む)が次々撤退

アメリカの恐怖

  • 半導体 = 軍事・宇宙・通信の中枢
  • 「このままでは国家安全保障が日本依存になる」

👉 これは経済戦争+安全保障戦争だった。


③ 協定が日本に与えた“致命傷”

① 価格競争力を奪われた

  • 原価割れ認定 → 制裁関税
  • 日本企業は値下げできなくなった

👉 得意だった「量産・歩留まり改善」が無意味に


② 市場を強制的に奪われた

  • 外資20%枠を作るため
  • 日本メーカーが自社製品を排除

👉 普通の競争ではあり得ない措置


③ 経営判断が一気に保守化

  • 「半導体は危険事業」
  • 設備投資(兆円単位)を嫌う流れ

👉 結果:

  • DRAM撤退
  • ロジック投資縮小
  • 技術者流出

④ 協定後に起きた“連鎖崩壊”

日本

  • 垂直統合モデル崩壊
  • 総合電機が半導体を「お荷物扱い」

アメリカ

  • 設計特化(ファブレス)へ転換
  • Intel、Qualcomm、NVIDIA誕生

台湾

  • TSMC誕生(1987)
  • 「作るだけ」に特化

👉 日本だけが戦略転換に失敗


⑤ よくある誤解(重要)

❌「協定だけが原因」

誤り

本当の構図

  • 協定:引き金
  • 日本側の失敗:
    • 国家として守らなかった
    • 産業の意味を理解していなかった
    • ソフトウェア軽視

👉 外圧7:内因3が実態


⑥ なぜこの話は今もタブーなのか

  • 官僚・政治が「負けを認める」話になる
  • 日米関係の“不都合な真実”
  • 今の半導体政策の失敗も照らしてしまう

👉 語られない=終わった話ではない


⑦ 現在との決定的な違い(重要)

1990年代現在
半導体=家電部品半導体=国家安全保障
日本は輸出国日本は供給網の要
米国は攻撃側米国は日本を必要

👉 だから今、Rapidusや材料分野が復活している


まとめ(核心)

  • 日米半導体協定は
    「日本が強すぎたから潰された」協定
  • しかし本当の敗因は
    国家として守らなかったこと
  • 今は逆に
    日本を切ると世界が回らない立場

次に進むなら、かなり核心に迫れます。

  • 「同じことは今も別の形で起きているのか?」
  • 「Rapidusは第二の協定になるのか?」
  • 「台湾有事でこの構図はどう変わるか?」

どこを深掘りしますか。

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