Episode-002:なぜ旧暦を使用しなく成ったのか?[旧暦の解説]
明治政府が太陽暦を採用した理由。
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日本で旧暦を使わなくなった理由は、迷信や文化否定ではなく、極めて現実的・国家運営上の判断でした。主な理由を整理します。
① 西洋との国際化・近代国家化のため
明治維新後、日本は
- 条約
- 貿易
- 外交
- 軍事
すべてで欧米と同じ時間軸で動く必要がありました。
旧暦は
- 国ごとに運用が異なる
- 閏月があり年がズレる
👉 国際社会では通用しない暦だったのです。
② 財政的理由(これが実は最大の理由)
旧暦は太陰太陽暦なので、
**約3年に1回「閏月(13か月の年)」**が発生します。
当時の政府支出:
- 公務員の給料
- 軍人の給料
👉 閏月があると 給料を1か月分余計に払う必要がある
明治政府は慢性的な財政難。
1872年末に突然切り替えたのは、給料支払いを1か月分節約するため
というのは、歴史的に有名な話です。
③ 近代的な制度設計に不向きだった
旧暦は
- 農業・自然・月の満ち欠けには強い
- しかし
- 工業
- 鉄道ダイヤ
- 工場労働
- 学校制度
には不向きでした。
👉 「自然中心の暦」から「制度・効率中心の暦」へ
文明の段階が変わった、ということです。
④ 迷信・占いと強く結びついていた
旧暦は
- 六曜(大安・仏滅)
- 陰陽道
- 方位信仰
と深く結びついていました。
明治政府は
👉 「科学国家」「合理国家」への転換
を掲げ、旧暦を「前時代的」と見なしました。
⑤ ただし、完全に捨てたわけではない
公式制度からは消えましたが、
今も残っているもの:
- お盆(旧暦7月)
- 正月行事の意味
- 祭りの日取り
- 農業の目安
- 月齢文化
👉 日本人の生活感覚の深層では、今も旧暦が生きている
まとめ(本質)
旧暦をやめた理由は一言で言うと:
「自然と共に生きる暦」から
「世界と競争する国家の暦」へ移行したから
文化を否定したというより、
国家存続のための選択だったのです。
もしご希望があれば、
- 「旧暦が今こそ再評価されている理由」
- 「旧暦で生きると体調や感覚はどう変わるか」
- 「旧暦と現代医学・農業の関係」
といった 一段深い話もできます。

