Episode-005:『神武天皇(初代天皇)』の記述は[GHQによる戦後日本改革]
神武(じんむ)天皇に関する記述は、天岩戸のお話以上に**「政治的・軍事的な意味合い」**が強かったため、GHQによって非常に厳しく制限されました。
戦前、神武天皇は単なる「物語の登場人物」ではなく、**「実在した日本の初代天皇」**として、日本の歴史教育の柱となっていたからです。具体的にどう変わったのかを解説します。
1. 戦前:「神武東征」は軍事精神のお手本
戦前の教科書では、神武天皇が九州から近畿へと軍を進め、日本を建国した物語(神武東征)が詳しく書かれていました。
- 「八紘一宇(はっこういちう)」の根拠: 「世界を一つの家にする」という意味のこのスローガンは、神武天皇の言葉(とされるもの)が由来とされ、侵略戦争を正当化するスローガンとして使われました。
- 「金鵄(きんし)」の伝説: 神武天皇の弓の先に黄金のトビが止まり、その光で敵をひるませたという伝説です。これは戦時中、最高級の勲章である「功五級金鵄勲章」のモチーフにもなり、軍人にとっての憧れのシンボルでした。
- 紀元節(きげんせつ): 神武天皇が即位したとされる2月11日は「紀元節」という祝日として、学校で盛大に祝われていました。
2. GHQによる「歴史」からの抹消
GHQは、神武天皇の物語が日本人の「自分たちは特別な民族だ」という選民意識を支えていると考えました。
- 記述の全削除: 歴史教科書から、神武天皇の即位や東征に関する記述はすべて削除、あるいは墨塗りにされました。
- 「皇紀(こうき)」の使用禁止: 神武天皇即位を元年とする「皇紀2600年」といった数え方も、公的な場や教科書では禁止され、西暦か元号のみが使われるようになりました。
- 紀元節の廃止: 1948年に「紀元節」という祝日自体が廃止されました(※現在の「建国記念の日」として復活するのは1966年のことです)。
3. 戦後の扱い:「科学的な歴史」へ
戦後、日本の歴史は「神話」から切り離され、考古学や証拠に基づいた**「科学的な歴史」**へと作り替えられました。
- 「伝説上の人物」へ: 現代の教科書では、神武天皇は実在が証明されていない「伝説的な人物」として扱われます。もし記述があるとしても、「『古事記』『日本書紀』の伝承によれば……」という前置きが必ずつくようになりました。
- 空白の時代: 神話が削除されたことで、戦後しばらくの教科書では、日本の始まりがいきなり「縄文時代」や「弥生時代」の土器の説明から始まるようになり、子どもたちは「日本という国がいつ、どうやってできたのか」という物語を学校で習わなくなりました。
💡 当時のインパクト
それまで「2600年続く不滅の神の国」と信じていた人々にとって、その象徴である神武天皇が教科書から消え、**「2月11日はただの日です」**と言われるようになったことは、精神的に非常に大きなショックでした。
一方で、これにより「天皇も人間であり、歴史は検証されるべきもの」という、現代の民主的な歴史観が定着するきっかけにもなりました。
さらに興味のある部分はありますか? たとえば、「戦後の歴史教育で代わりに何を教えるようになったのか」や、「廃止された紀元節が、なぜ今の『建国記念の日』として復活したのか」といった背景についても詳しくお話しできます。
