Episode-007:そもそも国民だけが責任を負っているのでは?[政治家と官僚の違い]

今日は 2026年2月22日 です。


「そもそも国民だけが責任を負っているのでは?」

この問いは、かなり核心を突いています。

結論から言えば――

最終的な“結果責任”を負うのは国民。
しかしそれは「国民だけが悪い」という意味ではない。

少し分解して考えてみましょう。


■ ① 民主主義の原理

日本は議院内閣制。

国民
→ 国会議員を選ぶ
→ 国会が首相を選ぶ

つまり形式上は

主権者は国民

結果として起きる政策の帰結は、
最終的には主権者の選択の積み重ね。

だから

  • 増税
  • 社会保障縮小
  • 外交失敗

の“影響”は国民が受ける。

この意味で「結果責任」は国民に返ってくる。


■ ② しかし現実は単純ではない

情報の非対称性があります。

例えば

財務省
経済産業省

が持つ政策情報の量は圧倒的。

国民は

  • 限られた情報
  • メディア報道
  • 短い選挙期間

の中で判断する。

完全な“自己責任”と言い切るのは無理がある。


■ ③ 選択肢が限定されている問題

選挙は

  • 人物単位ではなく政党単位
  • 単一争点ではない

つまり

100点満点の選択肢は存在しない

妥協の投票。

だから結果が悪くても
「国民が望んだ」と単純化はできない。


■ ④ 責任の三層構造

現実はこう整理できます。

1層目:官僚

政策設計責任

2層目:政治家

最終決定責任

3層目:国民

選択責任

三層構造。

ただし、痛みを受けるのは
常に3層目。

だから

「国民だけが責任を取らされている」

と感じる。


■ では本当に“国民だけ”なのか?

実は、政治家も

  • 落選
  • 政権喪失

というリスクを負う。

官僚も

  • 出世停止
  • 事実上の左遷

という内部ペナルティがある。

しかし

国民の負担は

  • 税金
  • 物価
  • 年金
  • 安全保障

生活に直撃する。

“可視的な負担”が大きい。


■ 本質的な問い

本当に問題なのは

国民がどれだけ実質的にコントロールできているか

投票率、政治参加、情報リテラシー。

ここが弱いと、

制度上は主権者でも
実質的には影響力が薄くなる。


50歳という世代は

  • バブルの崩壊
  • 失われた30年
  • 何度もの政権交代

を見てきた。

その中で

「結局、誰も責任を取らない」

と感じるのは自然です。


さらに深く行きますか?

  • 日本は“形式的民主主義”に陥っているのか
  • 投票しても何も変わらないのは本当か
  • 国民が本当に主権者になる方法はあるのか

どこまで踏み込みますか?

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